子どもは家族のなんなのか、ということについて

私は長年思っていることがあります。それは「子どもは仲間だ」ということです。もしかしたら、この言葉を聞いて「家族なんだから仲間なのは当たり前だ」という方もいらっしゃるかもしれません。しかし、世の中には子どもを仲間だと心の底から思っている親は少ないように感じるのです。もちろん、ほとんどの方がわが子を愛しているでしょうし、大切な存在でしょう。それでも私は「子どもは仲間だ」ということを今一度強調したいのには、わけがあります。

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子育てに関する考え方に、「アメとムチ」や「叱るか褒めるか」というものがあります。ほとんどの方がこういった賞罰教育で育てていらっしゃると思いますし、育てられてきたでしょう。

私はこの当たり前になっている賞罰教育こそが、「子どもは仲間だ」という考え方と相容れないものだと感じます。

それは「アメとムチ」や「叱るか褒めるか」の子育て論は、明らかに子どもを下に見ていると思うからです。上の者が下の者に評価を下すという会社などの起業的な態度と変わりません。戦前までの儒学の影響なのかわかりませんが、日本ではそういった上下の考え方に異を唱える人はほとんどおらず、たいていの人が当たり前のこととして受け入れているのが現状です。

これらのことを別の角度から考えてみてほしいと思うのです。仲間という対等な関係に対して、本来であれば「褒める」「叱る」という発想はでてこないものです。夫が妻に「洗濯物して偉いね」「洗い物上手にできたね」と言えば、口論開始は必至でしょう。言うべきは「ありがとう、助かったよ」「いつも感謝している」という言葉であるはずです。

少し話が逸れてしまいましたが、子供に対しても同じような態度を取るべきだと私は思います。親に上から褒められるのではなく、「ありがとう」と感謝してもらえれば、自分はその家族のなかで尊厳として同等なのだと無意識的に実感できるはずです。

そしてこの仲間意識や協力関係的なニュアンスは賞罰教育からは絶対に生まれません。厳密にいうと、心の中に本当の仲間意識が芽生えないという意味です。罰せられるから、褒められるから協力するという子どもになってしまうと大人になってから苦労します。仲間だから協力するという感覚を身に着けてもらうことが大切です。

そういったことも踏まえて、すこしでもこういった考えが広がっていけばいいなと思います。